jigen, Hirotomo Kunimatsu
Tokyo, Japan
mailto: microformat hcard
Page 1 / 612345...最後 »
top

いのちの食べ方

いのちの食べ方

この映画イイワー。手放しで他人におススメは出来ないんだけど、個人的にはかなり良い映画だった。ただタイトルがイケてないよなぁ。

映画としては台詞が一切無くて、食物が栽培、育成、処理されているような映像が細切れでずーっと続く「だけ」の映画。なんというかパッと見るとイメージビデオ的な感じなので、ボケーっと観るのが吉、逆に気合入れて観るような映画ではない。

良いと感じた箇所

何が良いと感じさせたかというと、恣意的な描写は一切無い所だったりする。結局実際に食物が作られている現場の映像なので、あまり「ファーストフードネイション」のような恣意的な物語を観客側に押し付ける所はない。

更に言ってしまえば、本当は実際の映像のみを使っていたとしても編集の仕方であったり、おどろおどろしい音楽をBGMで使う事で印象操作をしたりする事も可能だと思うんだが、この映画はそういった事が一切無い。

感心した箇所

映画の中では一部屠畜関連とかで、やっぱり多少グロい映像とかもあるんだけど、これも上記と同様に淡々と描写しているので気持ちが悪くなるような感じではない。

感心したのは(というより「ぉぉぉぉ」と唸ってしまう感じ)食肉用の鶏をデッカイハウスのような中で飼っている映像。このハウスがむちゃくちゃ大きくて端が遠くに見えるほど。その中にビッッッシリと鶏が飼われている。この部分は結構衝撃的だった。しかも鶏移動用のみの機械とかもあるのよこれが。鶏が掃除機にスポって吸われて鶏サイズのチューブを通って後ろにあるボックスに入れる感じ。

ここではただただ映像に圧倒されちゃって、「こんな所で飼われた鶏など食えるか!」という感覚は一切なくて、「ココまで大規模工業化されてるのかー!」という感嘆の気持ちのが強かった。語弊があるがこれも一つの「平飼い」ではある。

ぶっちゃけると、ここまで工業化して「安く大量に供給するけど質はよくないよ」という形は悪くないと思う。それを望まれているしね。鶏に限っていえばもちろん外で放牧しての方が健康的な生活をしている分味も美味しいだろうし、食べる側の健康にも良さそうではある。ただ、きちんとした数を大量に配給するという意味においてやはり突き詰めていくとこの映画で描かれているような形にならざるを得なくなってしまう。

ま、何がいいたいかと言うともっとちゃんと分かるように表示すればよいのに!って事です。そういう表示されてない情報を提供するというのもこの映画の意義なんだろうけど、わざわざ映画みにいかなければ分からない食の情報ってのもヤダなと思ったりもするわけです。


2009/09/09 07:58:50200907:58

ファーストフード・ネイション

ファーストフード・ネイション

ファストフード食べてますか?俺は最近食べてないな、「あんなものは食べ物じゃない!」的なポリシーがあるわけじゃなくて純粋に食べる機会が無い。家で食べるほうが美味いし安い、それだけ。もちろん身体に良いか悪いという意地の悪い二択を迫られたら「悪い」と答えるだろうが、別にファストフード自体はまったく否定していない。安倍司さんの本じゃないが、リスクをとって時間を買っているのが「ファスト」フードだからだ。みんなリスクを負って食べているはずだ、つまり得体の知れない物質が入っているかも知れないが、自分で料理を作る時間も余裕もないからファストフードを買う。なんも感じずにファストフード食べていているのが一番危険ですよっと思うわけだ(これは外食産業全てに言える事だけどね)。

前置きが長くなった、今回観た映画は「ファストフードネイション」。いやー気分悪くさせて頂きました。まぁ食の問題扱っているのに気分良くなるわけないわな。w

ちなみにドキュメンタリーのような触れ込みだがドキュメンタリーではない。ファストフード業界に関係する群集劇を通して問題を提議していこうっていう形式だ。キャストも豪華でイーサン・ホークやブルース・ウィリス、はてはアヴリル・ラヴィーンなんかも出演している。

とりあえず、最初の印象だけどテーマが多すぎるのに足りない!という矛盾する感想だった。テーマが多すぎるというのは「移民などの格差問題」「食の安全性」「環境問題」「企業の隠蔽体質」「エコ・テロリズム」・・・とざっと挙げるだけでも頭が「ボー」としてくる。これを2時間に収めるのは(しかもドラマ形式で!)かなり難しいと思う。

足りないと思うのは、誰が悪いのか?というのを必然的に考えてしまうのだけどそこら辺の中に「消費者」がファクターとしてスッポリ抜けてしまっている事。「誰がどんな目的で買っているのか?」「なぜこんなに安くしなければならないのか?」という部分まで入れないと、外食産業の中の循環の全体像をつかめないような気がするのだ。結局最後は「あきらめましょう」という感じの雰囲気だし、「それだったら何訴えたいんだよw」と思ってしまった。

まぁ。アヴリルはなんか頭悪そうな大学生とかが見事にハマッてたし、久々にイーサンホーク観れたし、良しとする。w

あと個人的には食肉処理の現場を映像で見れたのは良かった。今まで屠畜の現場は実際見たらもうちょっと気分悪くなったりするのかなぁ?とか漠然とした不安があったのだが、映像見るだけなら結構平気だった。


2009/05/04 21:57:59200921:57

ドキュメンタリー2本「誰が電気自動車を殺したか?」「エンロン」

ドキュメンタリー2本「誰が電気自動車を殺したか?」「エンロン」

なぜかドキュメンタリー的な映画を立て続けて2本観る機会があった。ま、別に深い意味はないんだが、ファンタジーな気分ではなかったのかも知れない。興味を持っている物がたまたまドキュメンタリー化されているという事をDVDレンタル屋なんかで気が付いたという事が真実だったりはするw

本当はエントリーは二つに分けようと思ったんだけど面倒なので、一緒に一つのエントリーにまとめた。

誰が電気自動車を殺したのか?

自分的に以前より蟠っていた疑問をかなり解消させてくれた映画。

元々の疑問として「なぜ電気自動車(以後「EV」)はリリースされないのか?」というのが疑問だったのだ。EVは有志がささやかに中古の車を改造して使っているのが現状で、それは日本もアメリカも変わらない。国からの助成金もないし、このアホみたいな「エコブーム」の中にあって最初に解決案として出てきてもおかしくない案なのにも関わらずメーカーもなぜかハイブリッドや、燃料電池車にご執心でなぜかEVの方は一向にリリースされない。

ソースは忘れたし内容も曖昧なんだが、電気自動車に使われるバッテリーの特許が2010年位まであって利用的ないという話を聞いた事があって、ずっとその噂話をEVがリリースされない理由として自分的に処理をしてしまっていたんだが、この映画を観ていて思ったのは「ハイブリッドに使われているのにそんな事はねぇよなぁ…」という事。

映画の中に出てくる主役とも言えるGM社の出した電気自動車「EV1」も実際にリリースされてわけだしね。

映画の内容としては犯人探しに躍起になっていてイマイチ論点が見えない部分があって残念だったのだけれど、色々な利権の対立というのは変な方向にパワーが働いてバタフライエフェクト的な展開をしてしまうという典型のような事件だなと思った。日本はハイブリッド技術とかで先進してるって言われているんだし、利権争いでEVをリリースできない雰囲気満点のアメリカと、ヨーロッパとかをほっといて、今更EVとか流行らせるってのも面白いかも。

ちなみに、色々なパワーバランスでガソリン車以外であるハイブリッド車(ガソリンは使ってるけどね)をリリースした日本に関しては映画の中でも「(自動車業界の)空気読めてない」雰囲気がプンプンである。それが今功を奏しているわけなので、逆にリコール騒ぎの後、一向にパッとしない三菱のEV車に対する思い入れとかはこのまま空気読まずに頑張って欲しいなと思ったですね、はい。ま、エコだったら何でも大丈夫だろうという二重の勘違いをしてそうだけど、まぁそれはそれw

エンロン – 巨大企業はいかにして崩壊したのか

もう一本は、総合エネルギー取引とITビジネスを行う企業であったエンロン社が、どのようにして企業崩壊したのかってのを追ったドキュメンタリー。なんで興味があったかというと「ライブドア事件」が真っ只中だった時にその当時の報道で比較対象として述べられる事が多かったからだ。

ただ、その時は気にはなったものの直接能動的に調べたりドキュメンタリーを探したりという所まで動機が働かなくて、今になってその当時の事を思い出して借りてみたという次第。

そのライブドアとの比較で言えばこの映画を通して感じるのはライブドアとは桁が違うしヤリ口もかなり汚い(あくまでこのドキュメンタリーの内容を信じればの話だが)。これはライブドアとエンロンを一緒にするのは随分悪意を感じるし如何なものかとは思った。

ドキュメンタリーとしての興味を持った部分は、上記「電気自動車~」と同様に群集劇としての犯人探しという観点でみると、明確に「コイツが極悪の張本人だ~!」というような悪の枢軸のような犯人は出てこないという事だ。もちろん映画の中ではある一定の人物、グループを犯人扱いしている部分はある。しかしその人物、グループが仮に「いなかった場合」にこの事件が起きなかったのか?と考えるとYesともNoとも言えると感じてしまったのだ。

同様な意味でに大きなサイズを持ったコミュニティの運営の難しさを感じずにはいられない。個々人の多少の「勘違い」が大きな「悪意」になってしまった場合止める事が出来るのか?また、どこ程度のサイズからそのような制御不能的なリスクが発生するのかと考えると興味深かった。


追記

朝日新聞GLOBEに「誰が電気自動車を殺したのか?」の監督のインタビュー記事が載ってた、続編撮ってるらしいっすね。


2009/04/15 22:44:20200922:44
Page 1 / 612345...最後 »
アリ「ここからメニューだすよ」
アリ「ごちそういっぱーい」
アリ「腹へったー」
アリ「働けー働けー♪」