個人的には方言は好きな方だと思う。私も意識せず東京弁やら多摩弁なんやらを喋っている事も多いと気がついた事もあるのも一因かも知れない。
アイデンティティーを表す物として方言があるのは自然な事で方言があること自体がその土地にちゃんとした地域のコミュニティーが確立している証拠でもある。そのコミュニティーの空気を感じられるだけでも方言を聞く時の楽しさはある。
だからこそ、守るというネガティブな要素として捉えるのではなく、活性化していこうというのが本書。大小は問わずその土地でのコミュニティーが確立しているのであれば、「方言での方言教育(国語教育に近い)」も可能であるという前向きな視点も書かれている。
やっぱりこれは国という概念で縛る事への難しさも併せて感じてしまう。同じ言葉で話している複数の国とかは方言も更に混迷しているだろうし、境界線はあって無い様なものだ。もちろん外国語教育という意味でも共通語を否定するつもりでも無いが、他言語とのミックスする感覚をもうちょっと寛容に感じるのも大事かと感じさせてくれた。
面白い例も色々書いてあるので自分のしゃべっている言葉と比べてみても面白い。
例えば、「ウザイ」という言葉は「ウザったい」の変換した言葉であるが、私はウザったいという言葉自体が共通語か、もしくは東京弁あたりのスラングだと思っていたのだが、元々は多摩地区の老年層の使う言葉だそうだ。
最近読んだ本。大英博物館の目玉の展示物でもあるギリシャのパルテノン神殿のレリーフを巡った「歴史的遺物は本来の土地にあるべきか?」を問うた作品。
美術品をテーマにしたノンフィクションというのは珍しいのだが、単純に美術的遺産の遍歴だけが綴られているものと違い、歴史問題にまで踏み込んだ興味深い部分がたくさんある。
日本にも色々と歴史問題は抱えているが、ここ100年のお話が多い。だが、これは古代ギリシャ時代の建造物であり、1800年代にエルギン伯爵により剥ぎ取られてイギリスに持ち帰られた。
これを、ギリシャ側は「ギリシャの物を返して欲しい」と言っており、イギリス(というか大英博物館)側は「複数の理由により返す事が出来ない」と言っている。
大英博物館側の言い分としては大雑把に纏めると以下のようになるかと思う。
それに対してのギリシャ側の言い分は以下のような感じになると思う。
ま、他にも色々ありましたが、中心としては上記のような感じだと思います。3は、簡単にいうと大英博物館がレリーフの洗浄をかなり適当に行ったために本来の姿とは違うものとはなってしまったとする事件。これは大英博物館側も謝罪を行っているらしい。
これは難しい問題だ。過去に略奪を行って博物館入りしているような物など他の国も多々あるだろう。それを全て元の国に返すとなると難しいと想像に難くない。
ただ、大英博物館の言い分はイギリス側でも返還運動が起きているのが分かるように、かなり説得力が無くなりつつある。
まず、保存技術の差は自らの保存のスキャンダルがあった事があり、これは意味が無いものとなった。また、世界全体として閲覧者に還元をしているというのであれば、ギリシャで置いてあろうが、イギリスにおいてあろうが関係ないという事になってしまう。
これから、パルテノン神殿のレリーフがどのような運命になるのかは分からないが、今後の展開次第では世界の歴史的遺物の大移動が起こるかもしれない。
日本はそういうところは非常に寛容な雰囲気が多いのかもしれないな。と思った。例えば大英博物館に日本の歴史的遺物があったとしても「おお、そんな権威のある博物館に日本の物が展示されているのは非常に光栄な事だ」と思う方が多いように思う。
この際なので(どの際だ?)、米原万里の方を読破してやろうかと思う。亡くなったのは今年なので今年中に読めるといいな。
読んで無いのは知ってるだけだと後三冊位だと思う。さて、今回はエッセー集の「真夜中の太陽」。対となる「真昼の星空」も面白いけどこかと言えば、こちらのが面白かった。
しかし、なぜこの人の本を私は好きなんだろうか。二カ国の環境を長い間行き来しているから多面的な考え方が出来るというのもあると思う。ロシア語翻訳家として生活していた作者である。民主主義と社会主義(今は違うけど)の間を行き来していたと聞くだけで、私のような日本語以外は話せない者が想像するだけでもギャップにクラクラしてしまう。
後は、笑いに貪欲な所。エッセイの場合はちゃんとオチをつける。小話大好きとか色々あるんだけど、一番はやっぱり生き様が滲み出てるのが気持ち良く感じるのかも知れない。
さて、本書は短編エッセイなので書評がすごくしにくいのだけれど、アリの生態について面白い話があったので引用。イソップ物語を例に出して「働き者=働きアリ」という事から始まり。
ところが、アリの生態を観察している学者達の報告を読むと、すべての働きアリが働き者というわけではないそうだ。これも、種と状況によって開きがあるが、10~50%の働きアリは、ほとんど仕事をせずにサボっているらしい。
んで、続きがあってサボっているアリだけ別の場所に隔離して群れに「働くアリ」だけにすると、なんとまた「サボりアリ」が10~50%位でてくるらしい。つまり、サボる割合は群れによって決まっているらしいのだ。
非常~~に興味深い。更に続きがアリ(おい)、この「サボりアリ」に意味は無いのかというと、そうでも無いようなのだ。彼らは不測の事態が起きた時の要員で、天災なんかで巣に問題が起きた場合は今までサボっていたのが嘘のように働きだし、群れ全体として強い組織を保っているらしい。
この章での米原さんのオチはリストラすれば組織として強くなると勘違いしている風潮を風刺して終わる。やっぱりこの人の目の付け所は違う所から光が差している。