本を読む本を読んだ。読書方法を語っただけの本ではなく、文章のコミュニケーションまで踏み込んだ内容で、後になって読み返したくなると感じさせる内容。
読書方法の方は実際読んで貰った方が分かりやすいと思うので(当たり前だ)、気になった文章コミュニケーションの部分を中心に書いてみる。
過去、メディアとして紙の媒体しかなかった時代には、自分の意見を周りに提言、周知するためには出版という形にするしかなかった。それが本と限定しなくても新聞、チラシと言う形をとっていたとしてもそれほど基本の部分は変わらなかったと思う。
批評を受けるにしてもそういう手順を踏む必要があったため敷居が高かった。ただ逆に、そこには紙媒体から出版された文章に関してのレスポンスがあったと言う事であり、批評、反論はコミュニケーションの一環であった。本書はこの部分にも言及している。読書は取り入れるだけではなく発信すること批評をする事が大事だと。ちなみに本書が発売された時代には電話もテレビもあった時代ではあるが、このコミュニケーションのやりとりを重要視する著者が書いたのだと思う。
ネットが広まり、掲示板からブログにいたるまでCGM的な情報には敷居の高さは出版する程ではない。つまり文章コミュニケーションが十分に取れる環境が整ったと言う事も出来るとも言えると思う。2chなんかは個々人がフラットな土俵に立っているからこそ面白い物がでてくるのだし、そこには文章コミュニケーションの純粋な部分が垣間見れる。
ただ、そこには上記のような敷居の高さがない分元々ある熟考して意見を言い合う(批評を仕合う)事が珠に忘れ去られる事がある。
この本は確かにネットがなかった時代の本である。だが本書中に「知的エチケット」というキーワードが表しているように全般的な文章コミュニケーションの基本が含蓄されている。
無駄無為な反論は意味は無いと切り捨てており、さらにそれを判断したり、実行するために参考になる方法でさえも解説している。
電話、掲示板のような日常的なコミュニケーションのネット版(チャットとかさ)には通じないものの、CGMなんかでは非常に参考になると感じた。
今の時代だからこそネットリテラシーのような意味で読んでも古さを感じさせずに読めて面白いと思う。ネチケだのネットリテラシーよりも「知的エチケット」を。
最後にAmazonの引用を。ところで、原書の「How to read a book」というタイトルを「本の読み方」ではなくて、「本を読む本」にするセンスは素晴らしいなー。と思ったり。
本書は、1940年米国で刊行されて以来、世界各国で翻訳され読みつがれてきた。読むに値する良書とは何か、読書の本来の意味とは何かを考え、知的かつ実際的な読書の技術をわかりやすく解説している。初級読書に始まり、点検読書や分析読書をへて、最終レベルにいたるまでの具体的な方法を示し、読者を積極的な読書へと導く。単なる読書技術にとどまることなく、自らを高めるための最高の手引書。
読書の冬です。家から出たくなくなるような寒い季節なのでミカンでも食べながら読書が楽しい。故に読書の冬。
最近、どうも自分には速読というのは向いてないと感じている。元々「本が早く読めたらいいのにな」程度なので速読だのフォトリーディングだのに投資は全然してないのでなんとも言えないのだけれどね。スルメのようにジワジワ読むのも必要だ(という言い訳)。
前置きが長くなった、今回は米原万里のオリガ・モリソヴナの反語法。
ロシア語通訳の第一人者としても、またエッセイストとしても活躍している米原万理がはじめて書いた長編小説である。第13回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した。
~中略~
物語の内容や手法からすれば、この作品は大宅壮一ノンフィクション賞作品『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の姉妹版であるといえる。しかし読み終わったあと、ときにフィクションのほうがノンフィクションよりも多くの真実を語ることができる、ということに気付くに違いない。
米原万里の本は結構読んでるつもりで、こんなに良い本を見逃しているとは不覚。以前「嘘つきアーニャの真っ赤な真実 | jigelog」として、「嘘つきアーニャ~」の感想を書いたが、上記引用のように二つは対になっている。「嘘つきアーニャ~」で出てくる人物と思われる人物もかなり散見されるし、なにより描かれる舞台が時代背景も含めて同じだ。
「嘘つきアーニャ~」は過去の友人を探すノンフィクション。「オリガ・モリソヴナ~」はノンフィクションを元にしたフィクション。なぜフィクションにしたかを文庫版だと米原万里が自身が語っている。
こうなるとどこまでがフィクションかと勘ぐりたくなるのだが、内容を読み進めるとそんな事はどうでもよくなった。どこまでが創作かというのはどちらかといえば「補填」作業に近い形で行われているような物で、時代に翻弄される人々には驚愕を通り越して悪寒が走る。
色々と感動する場面はあるのだが、最後の方にエレオノーラ・ミハイロヴナの発する「ありがとう」にはもう…。個々人ではどうにもならないような時代に巻き込まれてしまったのは登場人物全員であるという事全て凝縮されているような一言にぶちのめされる。
是非読んで欲しい。「嘘つきアーニャ~」が好きな人は読むべき。
効率が10倍アップする新・知的生産術を読んでみた。ハウツー本とかあんまり読まないんだけど、偶々というかなんとなく。
目次を見るだけでも色々と具体的な事例が並んでいるのが良く分かる。それほど厚くない本なので詰め込んだなーという印象がある。
内容としてはTipsのような直接的な「これが良い」と著者が思ったものを書いている感じで、今まで著者が培ってきたものの上澄み液のみを集めたエッセンスといった趣。
故に、一つ一つの事例に関して深く掘り下げるような事はあんまりしていない。どう苦労してこの方法にたどり着いたのかというのを読み物として期待している人には向いてないのかも知れない。
多分、著者の方針として「こういう経緯で今に至る」という事は自分で体験して作り上げて欲しいという事なんだと思う。万人にピッタリと合うような効率アップ法など無いのだから。
エビちゃんのメイクを真似してもエビちゃんにはなれんし、イチローのバッティングフォームを真似してイチローになるわけでは無い。ただ、真似をする事から思考するという行為を推し進めて欲しいという著者の思いが感じられると思う。結局「意識せい」という事だよな、なんだか最終的には優しい著者だなーと思った次第、やっぱり著者が母だからかな?