asahi.com:朝日新聞食ニュース経由。オーストラリアの総選挙の結果の影響が捕鯨問題にもという「「日本の調査捕鯨ノー」豪で噴出 総選挙控え与野党反発 」を読んでちょっと思った事を書こうと思う。
センシティブな問題である上に私自身にも知識が足りないという事もあるので、間違っている部分や、ご意見があれば教えて頂ければうれしいなと。
個人的には(多分20~30代の方はそういう人が多いのでは?)、鯨食の習慣が余りない。もちろん過去に食べた事はあるし、日本には魚食の文化の延長上に庶民的にあった食文化であった事もぼんやりとだが理解しているつもりだが、商業捕鯨が禁止されてからというもの一年を通して食卓に上がるような気軽さでお目にかかった事が私にはない。
そんな鯨にあんまり愛のない私から見ると日本の捕鯨賛成のグループと、捕鯨反対の国の言い分がどちらも相手の的を得てないで、話がまったくかみ合ってるように見えなくてしょうがない。
もっとあるだろうけど、私が感じる賛成派と反対派の要約はこんな感じじゃないだろうか?
もう、まったくもって平行線のように見えてしょうがない。
この中では唯一かみあっているように見える、賛成派の3とかに対して反対派の3の反論に関しても、実際に生態調査をする資金を補うために鯨肉を販売するという行為をしているので、反対派の3のような意見が出てもしょうがないような気がするが、んじゃ調査をした場合にそのお肉はどうするんだい?っていう話にもなるので、これもどっちもどっちのような気がする。
食文化ナショナリズムなんだか、人道的なんだか、倫理的なんだかよく分からないが、結局利権を争っているって事のように見えてしょうがない。もちろんお互いの国益を守るっていう観点で議論するのは結構な事だと思うが、相手に分からないような話をお互いでしているように感じてしまう。
捕鯨業者の人が密かに復活を待ち望んでいたり、今も調査捕鯨をする事が食の糧をしている方々への問題は残るけど、提案。
日本が調査も含めて「捕鯨」やめる代わりになんか良い事してくれ!って他国に言うのはどうなんすかね(ちゃんと物理的にさ、何トン小麦くれとかさ)。
反対国に「人道的に劣っている行為をしながらその態度はなんじゃ!」とか言われたら、「あなた方に牛・豚の屠殺を止められますか?それと同じ気分で我々は断腸の思いで決断したのです」とか言ったらどうかしらん。少しは伝わるんじゃないのかな、少なくとも止めるという行為が伴っているわけだしね。