超今更感が漂いますが、おすすめされたので観てみました。思った以上に面白かったです。えっと、アン・ハサウェイかわいい~とか、メリル・ストリープかっこええ~とか言ってもなんですので、ちょっと違う感じで書いてみようと思います。
この映画はさまざまな「矛盾」を抱えている。矛盾とはネガティブな意味だけで言っているわけではなくて二面性のあるテーマが結構バランスが取れていると感じる事が多かった。以下、内容的にネタばれとかだったらゴメン(妄想も多々含まれてます)。
まず、服飾業界自体の矛盾である。服とは衣食住の衣であり、gooの広辞苑辞書によると以下。(【衣食住】 - goo 辞書)
着ることと食べることと住むこと。衣服と食物と住居。生活の基本的な要件。
つまり服飾は本来、基本的な要件でしかなく、身体を護る事がまず第一のはずだ、ある意味それが全てだと言っていい。だが実際は、パリコレでシャネルがどんな服を作るのかや、エビちゃんが雑誌で着た服なんかで経済が動くほど服飾は影響力さえ持っている。(エビちゃんの例は違うか、まぁいい)
これは、祭事から派生して権力を表す道具としての側面も持ち合わせている事から来る物だろう。神を奉るために着飾り、それを奉る事が出来るのは権力を持ち合わせたものだけが出来る、つまり美しく着飾れる事自体が富裕の象徴にとって変わり、それが芸術性をも飲み込んだという感じだ。
靴と時計を見れば男の価値が分かるなんていう風評は、端的に示しているかもしれない。ま、そういう風評を逆手にとって悪さをするような輩もいるので実際はアテになりませんが。
映画として、この身体を護る布切れと、権威と美しさを併せ持つファッションという二つの性格を持つ服飾をどっちの性格を悪者にする事なく描かれている。まずこれに驚かされる。こういう矛盾をはらんだテーマの場合は、どちらかの方に力点が置かれているのが多いと思う。少なくともどちらかには傾いてしまったりしてしまう。
これがまた、どっちも悪者にならずに矛盾を感じさせず、むしろどちらとも魅力的に描ききっている。煮え切らないと感じる方もいるかと思うが、私には妙にリアルに感じる。もちろん、脚本があっての架空のお話である(モデルがいるのは知ってるが)、都合が良い部分も散見するが、「人間何を着てても中身が大事よ」とかいう分かりやす~い寓話にしていない所は好感を持てる。
ファッション業界だからだろうか?やはり女性の働く姿が中心に描かれる。伝説的な編集長として確固たる地位を確立しているミランダ(メリル・ストリープ)と、キャリアをこれから積んでいこうとスタートするアンドレア(アン・ハサウェイ)。
観て頂ければ分かるのだが、どちらの登場人物に関しても女性の社会的地位を確保するために犠牲にしていく物があったりする。別にフェミニストな意見を言うつもりはないが、現状まだまだ、女性が正当な評価をもって働くのが難しいのは事実ではある(それが、構造の問題なのか、男女のどちらかの問題なのかとかは置いておいて、無責任だけど)。
劇中にメリル・ストリープがノーメイクに近い感じで弱みを見せる部分があり、多分そこで観客の感情移入を狙ったのかも知れない。私としては、そこの部分よりもラスト近くでの二人の登場人物の決別のシーンのが考えさせられて重かった。
犠牲を強いても働くという矛盾を解消するためには、なんにせよ燃料がいるのだ。ミランダはファッション業界への誇りと伝統を燃料としていて、アンドレアはキャリアを積む上でそこへの疑問を感じて決別という名の自立をする決意をするのだと感じ取った。
つまり、ミランダが最後に新聞社での紹介の際にアンドレアに手を差し伸べるのは、働いてくれた事への感謝でも人間的に好意をよせていたわけでもなく、矛盾を抱えた女性の自立へ対抗するためへの燃料を見つけたアンドレアに対して塩を送ったように観えてしょうがない。
ミランダは当初ただの悪者で、駆け出しのアンドレアの成長物語だったそうだ(原作もそうらしい)。矛盾を抱えたテーマをぶつけ合わせて中和に成功している作品はあんまりない。
ライトな感覚で観られるのに色々考えさせられる。華やかな世界にあこがれる女子よりも、どちらかと言えば男子に観て欲しい作品。なかなかこういうのって男子として手が出にくいしね~。
一つ難点を言えば、アマゾンのレビューで書いてる人も居ましたが、男性陣が魅力がなさ過ぎる・・・。なんか意味も無くしょんぼりしてしまったりして^^;