豪さんのブログの「リサイクルされるものを減らす。」より。ずっと鯵さんだと思ってました。豪さんごめんなさい。
三つのR(reduce, reuse, recycle)と言って環境に関しての運動をワンガリ・マータイさんの言葉を借りて公共広告なんちゃらがCM流してたりしていますが、世間的にはやっぱりリサイクル(Recycle)の言葉を一番耳にする機会が多い。
私も「リサイクル、やめませんか?」と度々言ってきましたが、それは大量消費で捨て放題というシステムをリサイクルが助長しているのではないか、と考えているからです。
豪さんのエントリーに同感なのはリサイクルってのが言葉、実質ともに先行してしまっていると言う事。
ひとつのペットボトルを再生するのに、運搬、分解、整形含めて、元の一つを作る時の10倍以上のエネルギーを消費して現状は再生している。これでは逆に環境負荷が多くてどうしようも無いのになぜこれほどリサイクルという言葉だけが先行するのか。
やはり、企業的に「金」になりやすいのも一因だろうかと思う。リサイクルという環境に優しいクリーンなイメージを持っているのにも関わらず、お金を生み出す仕組みが作りやすいってのもあるだろう。
豪さんも言っているようにゴミ問題は難しくて自然サイクルに戻せるような物でも一括して燃やして埋め立ててという事をやっていて、その上でリサイクルという言葉だけが先行しているように感じてならない。
つまり、現状をまったく変えずに環境改善をしようというのが最初にあるのでこのような事態を生んでいると思う。焼却炉に関してもゴミが出るたびに炉を付けたり消したりという事ができずに(一度止めると元に戻して燃やせる状態にするのにエネルギーをものすごく必要とするから)いるために、ゴミを燃やすためにゴミを増やさなければならないというなんとも本末転倒な悪循環に陥っている。
やはり、そう考えるとゴミを減らす(Reduce)、再利用(Reuse)の観点の方が圧倒的に手が付け易くて効果が高いと思う。リサイクルという言葉も「リサイクルする」ではなくて「リサイクルされても問題の無いものを作る」という方向で理解した方がよさそうだと思ってる。
一番手をつけやすいって意味では「jigelog 自家製コンポスト(生ゴミ処理機)」というエントリーでも書いたけど、生ゴミだと思っている。
生ゴミなんて人間が食べられる物だからしてなんの手を下さなくても(菌の力を借りて)、いくらでも環境負荷なく再生できるのに、上記の焼却炉なんかで焼却しているゴミの40%は生ゴミだそうだ。
つまり、単純に40%は再生できる物がまだあるという事で、逆を言えば再生できるものも、毒物バンバン出すような物も一緒くたにして燃やして埋めているという事になる。
フト思ったんだけど、リサイクルよりも他のRを目立たせるためにも小学校とかの給食の生ゴミ(調理の過程で出るもの、食べ残し)を小学校なんかの敷地内で堆肥化したらどうだろうか。
我が家ではコンポスト化するようにしてから生ゴミが異様に減った。一つの家庭で1m四方に満たないスペースで生ゴミが良質の堆肥に変換される。
小学校でする事の利点としては、スペース的な問題(校庭なんかあるし)と小学生への意識を少し生ゴミへ向けさせるという意味でも意義のある事ではないかなと思ったりしてるわけです。
どっかの私立小学校の方々どうですか?環境に優しい小学校として良いイメージも付くし良いと思うのだが如何?
ハイ、リサイクルから話ずれましたな。すいまへん。